「アレオパゴスの丘で」2月5日

礼拝メッセージの要約(2023. 2. 5.)

「アレオパゴスの丘で」

使徒行伝 17章16〜34節

 

われわれは神のうちに生き、動き、存在しているからである。あなたがたのある詩人たちも言ったように、 『われわれも、確かにその子孫である』。(使徒17:28)

 

1、知られない神

パウロは、アレオパゴスの評議所の真ん中に立ち、アテネの人々が拝むものの中には、『知られない神に』と刻まれた祭壇もあることを指摘しました。アテネには、おびただしい数の偶像が至るところにありました。しかし、人々の心には、まだ他にも自分たちの知らない神がいるかもしれないという不安と恐れがありました。つまり、不安と恐れによって、「知られない神」の祭壇さえも築いたのです。私たちの不安と恐れにサタンは攻撃を仕掛けてきます。なぜなら、そこに偶像が生まれやすいからです。

 

2、創造主である神

パウロは、「あなたがたが知らずに拝んでいるものを、いま知らせてあげよう」と語りました。パウロは、神は天地万物をお造りになった創造主であると伝えました。神が人を造られたからこそ、神が私たちを生かし、生きる意味と目的を備えてくださっているのです。パウロは、自分本位に偶像を作る生き方を捨てて、真心から神を慕い求めるように諭しました。神は遠く離れておられる方ではなく、私たちが見いだせる方であり、「われわれは神のうちに生き、動き、存在しているからである」と説いたのです。

 

3、十字架と復活の主

パウロは、アテネの人々に、悔い改めと信仰を迫りました。悔い改めとは、心と生き方の方向転換です。偶像から離れ、自分を造って下さった神のもとへと帰ることです。パウロは、ここで、十字架と復活の主であるイエス・キリストを、アテネの人々に伝えました。キリスト者にとって何よりの喜びと平安は、すべての罪が赦され、生けるキリストが私たちのうちに住んでいて下さっていることです。私たちは、「知られない神」に囚われる必要はありません。キリストは、私たちをあがない、聖なる宮として下さり、私たちのうちに生きて下さっているのです。インマヌエルの神の恵みを覚えて、信仰の旅路をともに歩んでいきましょう。