「キリストの愛の中に」1月8日

礼拝メッセージの要約(2023. 1. 8.)

「キリストの愛の中に」

ヨハネによる福音書 15章1〜11節

 

わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。(ヨハネ15:5)

 

1、「あなたがたを愛したのである」(9節)

主イエスは、「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である」、また、「わたしの父は農夫である」と言われています。農夫は、実を豊かに結ばせるために、剪定を行います。それは、御霊の実を結ぶのを妨げているものを刈り込まれ、きよめられるということです。主イエスは、「父がわたしを愛されたように、わたしも、あなたがたを愛したのである」と言われています。私たちは、主イエスの愛をいただきながら、主イエスにとどまり続けて、神様の恵みによって、豊かな実が

結ばれていくように祈っていきましょう。

 

2、「わたしの愛のうちにいなさい」(9節)

主イエスは、「わたしの愛のうちにいなさい」と言われ、「もしわたしのいましめを守るならば、あなたがたはわたしの愛のうちにおるのである」と語られました。「わたしのいましめ」とは、神様を愛すること、人を愛するということです。私たちは愛することに疲れ、つまずきやすい者たちです。しかし、どんなに汚れた自分でもキリストによってゆるされ、愛され、生かされていることに気づくときに、はじめて、神様の愛が分かってきます。そして、人を愛するというくびきをともに担ってくださる主に助けられ、励まされながら、主にあって愛することを学んでいくのです。

 

3、「あなたがたも互に愛し合いなさい」(12節)

主イエスは、弟子たちに、「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互に愛し合いなさい」と命じられました。レビ記19章18節には、「あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい」とありますが、「あなた自身」ではなく、キリストの愛が基準であるのです。主イエスから受けた愛を、他者へと向けていくときに、新たな実が結ばれていくのです。私たちは、主の枝として生かされている恵みを覚えて、キリストにあって互いに愛し合いながら、キリストのみからだである教会をともに建て上げていきましょう。