「ヨルダン川を渡る」8月7日

礼拝メッセージの要約(2022. 8. 7.)

「ヨルダン川を渡る」

ヨシュア記 3章1〜17節

 

すべてのイスラエルが、かわいた地を渡って⾏く間、主の契約の箱をかく祭司たち は、ヨルダンの中のかわいた地に⽴っていた。そしてついに⺠はみなヨルダンを渡り終った。(ヨシュア3:17)

 

1、主を先頭に

 ヨシュアは、偉⼤な指導者であるモーセの後継者として、イスラエルの⺠を率いる使命を与えられました。ヨシュアは、主なる神からの使命を前に、⾃分の能⼒や知恵や経験に頼ろうとはしませんでした。主のご臨在こそが、彼の⼈⽣の礎であり 、彼を勇気づけ、主からの使命を全うする原動⼒となったのです。イスラエルの⺠がヨルダン川を渡るというのは、単なる歴史的な出来事ではなく、信仰的な⾏為であることを意味しています。主の契約の箱は、主のご臨在を象徴し、イスラエルの⺠は、この箱を先頭にして、ヨルダン川へと歩みを進めたのです。

 

2、⾝を清めて

 ヨシュアは、イスラエルの⺠に対して、「あなたがたは⾝を清めなさい。あす、主があなたがたのうちに不思議を⾏われるからである」と⾔いました。ヨシュア は、ヨルダン川を渡るという信仰的な⾏いの前に、⾝を清めることを命じました。 それは、主なる神の御前において、⾃分⾃⾝を吟味し、主に向かって悔い改めるということです。すなわち、⼼と⽣き⽅の⽅向転換を意味しています。主に⼼の中を探っていただき、信仰の姿勢を正していただくということが⼤切であるのです。

 

3、信仰による歩み

 主なる神がヨシュアを通して語られた通り、主の箱をかつぐ祭司たちの⾜が、ヨルダン川の⽔の中にとどまると、上から流れ下る⽔は完全にせき⽌められました。主イエスは、私たちの⼤祭司として、ご⾃⾝が罪のいけにえとなり、⼗字架の上でいのちを捨てて下さいました。イザヤ書には、「あなたが⽔の中を過ぎるとき、わたしはあなたと共におる。川の中を過ぎるとき、⽔はあなたの上にあふれることがない」とあります(イザヤ43:2)。主イエスは、ご⾃⾝の救いの御業によって、私たちに押し寄せてくる罪の波に、死の波に、打ち勝って下さり、今も⽣きておられ、私たちとともにいて下さるのです。主イエスをかしらとして建てられた教会につながる者として、主を仰ぎ⾒つつ、主の御声に従って歩んでいきましょう。