礼拝メッセージの要約(2023. 1. 22.)
「ともに祈る教会」
使徒行伝 12章1〜11節
こうして、ペテロは獄に入れられていた。教会では、彼のために熱心な祈が神にささげられた。(使徒12:5)
1、ヤコブの殉教
ヘロデ王は、教会へ迫害の手を伸ばし、ヤコブを剣で殺しました。ヤコブは、主イエスから、「雷の子」と名付けられるほど、短気で怒りっぽい人物でした。また、彼は地位や名誉に執着する人物でもありました。しかし、彼はのちに大きく変えられ、主イエスを信じる信仰のために、十二使徒で最初に殉教した人物となりました。ヤコブは、キリストの愛の中で、怒りやすい性格を克服し、人の上に立つことを求めるのではなく、キリストのように仕える生き方を実践しました。教会は、ヤコブのためにも祈りをささげていたことを覚えたいと思います。
2、ペテロの救出
教会は、ヤコブの死を受けて祈るのをやめるのではなく、獄に入れられたペテロのために熱心に祈りました。ペテロは、御使いの助けにより、鎖が解かれ、牢獄から脱出することができました。しかし、ペテロは再び福音宣教のために出て行きました。言い伝えでは、ペテロは、主イエスのように処刑されるに自分は値しないと、逆さ十字架の刑を願い、殉教したと言われています。聖書には、ペテロの死が預言され、「ペテロがどんな死に方で、神の栄光をあらわすかを示すために」と記されています(ヨハネ21:9)。ペテロは生きることだけではなく、死ぬことにおいても、神様の栄光をあらわす生き方を全うしたのです。
3、ヘロデ王の死
ヘロデ王は、人々の前で演説をし、そこに集まった人々は、「これは神の声だ、人間の声ではない」と叫び続けました。ヘロデ王は、神様をあなどり、自分の演説は神の声だという叫びを受け入れました。彼は、神様に栄光を帰することはせず、主の使に打たれてしまいました。ヤコブの殉教、ペテロの救出、ヘロデ王の死という出来事を通して、私たちに問われているのは、神様の栄光を求めているだろうかということです。主の祈りには、「願わくは御名をあがめさせたまえ」とあります。まず、神様をほめたたえ、神様に栄光を帰することを祈り求めつつ、キリストのいのちに生かされ、キリストともに歩んでいきましょう。